仏  話

速成寺法話集
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災いの人

「災い人」という話を、

和尚から学んだことがある。

災い人というのは、

「ああしなさい、こうしなさい

 君のためだ」

とかいって

説教する人のこと。


本当のところが解れば、

自然に人は道徳的になる。

無理に良いことをしようと、

出来もしないことを我慢して行うと

かならず、抑えた自分の心の

反撃をうける。

真面目な人ほど

変態が多いのはそのためだ。


ありがたい教えなんてなくても、

人は生きていける。

でも、他人の支えなしに

人は生きていけない。


当たり前のことなのだけれども

日頃の生活に追われていると、

愚痴や怒りや怠けたい気持ちで

いっぱいになって、

こんな当たり前のことを忘れてしまう。


宗教は、この当たり前の事を

学ぶためにある。


立場の違いや様々な環境があるから、

文化として

いろいろな宗教があるけれども、

その本質は、

人を暖かい優しさに

導くためではなかろうか。


言葉で言うのは簡単だけれども、

なかなか人は優しくなれない。

人はそんなに強くないからなのだろう。

弱い人ほど他人に攻撃的になる。


法華経の方便品第2に

「子供が遊びで、砂の塔を建て

 仏に手を合わせたなら
 
 この子供はすでに

 仏の教えを完成している。」


という内容の一文があるのは、

理屈ぬきで手を合わせることの大切さを

教えているものなのだろう。

何でもいい、

手をあわせられる何かを

持つ人は強い。


それに合掌して人は殴れない。


仏教の説く仏とは、

目に見えない大慈悲そのものだから

悟ることはあっても

悟る何かがあるワケではない。

「手放しになろう」と

和尚はいつも笑う。

合笑
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