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速成寺法話集
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十王経 其の九

・死後の最後の七週間目の事
(満中陰)

死後の七週間目の七・七日

いわゆる満中陰

この七・七日にあらわれる王を

泰山王と申します。

この泰山王の御前に

参るにあたり

鉄でできた暗くて細い

子宮の胎道のようなところを、

くぐり抜けなければ

なりません。

ここを闇鐵所といいます。

細くて暗いこの道は、

経文によると

1500Kmだといいます。


さて、この悪所を抜け、

王の前に参り

さて、今度はどのようなことを

言われるのかと、

おずおずと畏まり座ります。

泰山の王のまえで、

すべての死者が

次の生まれる場所を

定められます。



目の前には六つの鳥居があり、

その向こうは 即ち

地獄・餓鬼・畜生

修羅・人間・天上




六つの世界に

繋がっています。


この鳥居を出れば、

地獄に入るものは

地獄に堕ち

餓鬼は餓鬼の城に

至るのです。

他の鳥居も同様です。


ここにおいて、

一切の死者の

浮き沈みが決定します。

もし後の追善があれば、

悪い因縁が転じて

善いところに

生まれることが出来ます。


冥土は止まるところではなく、

次の生への通過点です。



生前の因果に応じて

中陰の旅路において

清算すべき悪業を浄化し

次の転生へといざなう


いわゆる四九日、

満中陰というものが

古来より

重んじられてきたのは、

このような理由からなのです。

後の追善があれば、

悪処に生まれ落ちたものも

救われることもあります。



哀れな死者は、忘れ去られ

誰からの供養を受ける事もなく

鬼にこういわれるそうです。

「お前の事など皆忘れてしまって

 花を手向けるものもいない」


人は2度死ぬといいます。

一度目は、この体が朽ちる時

2度目は、自分の事を

想ってくれる人が

誰もいなくなった時



この世に生を受け

死を免れるものなどおりません。

死を学び、生を知ることこそ

仏法の肝要

この49日の物語は

他人事ではありません

自分の順番が

必ずやってくるのです。


其の時が来て

閻魔大王の御前で

血の涙を流し

後悔する事のない様に


合掌



おしまい
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