仏  話

速成寺法話集
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十王教 其の一

あの世と、この世の間を、

仏教では中陰、

もしくは中有と言います。

人間は、死後49日の間、

あの世と、この世の間

すなわち中有(中陰)を

さまようこととなります。

尚、極善と極悪の人間に

中有(中陰)は

ありません。


なぜなら

極善の人は死後

ただちに成仏し、

極悪の人はただちに

奈落の底に

堕ちるからです。


この世で

仏と成る程の行いもなく

迷いの生死を重ねた人は

死後、中有(中陰)という

あの世とこの世の境目を

通らねばなりません。


中有(中陰)の道中には、

言葉にすることさえ恐ろしい

怒りの姿を顕した、

十名の王がおります。


この王を名付けて

十王と申しますが、

本来の姿は仏様です。


仏は、しばらくの間

その優しいお姿を

お隠しになり、

何度も何度も

迷いの生死を

繰り返す愚かな人々を

哀れみ悲しんで、

薄暗い中有(中陰)の道中で

死者を導くため

仮の恐ろしい怒りの姿をもって

あらわるのです。

そして、死者が生前に行った

善悪や罪の報いの

重さをはかり

次の生まれる場所を

お定めになります。

仏の救いは様々で

なにが勝れているとか

劣っているとかは

ありませんが

この十王の教えは

ことに神妙です。

死後、これほどまでに

自分の罪が問い正され

明らかにされ

これほどまでに容赦なく

責め立てられるのであれば

どんな人でも

おのれの悪い罪業を恐れ、

因果の恐ろしさを

知ることでしょう。

そして、

このような恐れ敬う気持ちが

あればこそ

はじめて、流転生死からの

解脱の方法が見えてくるのです。

人は死を迎え

その命が尽きようとするとき

肉体からあらゆる病が生じて、

激しい苦痛と断末魔の苦しみに

身を切り裂かれます。

目の前は暗くなり

見たいものは見えず、

話したくても舌がすくんで

言いたいことも言えません。

魂が去るときは真っ暗闇で

深い岸に堕ちていくようにして

終わります。


先に進もうにも

何処に行けばいいのか

あてもありません。

とどまろうにも

身の置き所もありません。

あたりは薄暗く、何もありません。

心細くて、

家族や友人に会いたくても

道はなく、行くも戻るもならず、

ちゅうぶらりんで

休むことさえもできません。

ただあるのはー

どうしようもない

孤独と悲しみの涙ばかりです。


この行き場のない

この世とあの世の境目を

中陰といいます。

死後、49日の間

この中陰の旅がはじまります。



続く
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