仏  話

速成寺法話集
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本覚という考え方

伝教大師最澄が

比叡山を開かれる以前は

歴 劫 修 行
リャッコウシュギョウ 

と、申しまして

仏となるために修行し

やがて仏になる


という考えが主流でした


しかし、

伝教大師は法華経に

「すべてのものが仏になる」

と説くところから

仏と成るために

修行する過程もまた

仏に含まれる
という

即 身 成 仏
ソクシンジョウブツ

という思想を

お持ちになりました



人は迷いの姿そのままで

悟っている

そのままの姿

ありのままの姿で

人は仏なのだ



このような思想を

本覚思想

といいます。

仏と成るために

何の智慧も才覚も

いりません


手を合わせ

ありがとうと思えば

その人はすでに仏です

とはいえ、この肉身に宿る

心は否定ばかりします

これはこうあるべきだ

これは間違っている

そういって

あるがままの姿を

無理やりにでも

変えようとするのです。

そこに争いが生まれ

災いが生まれます


生きていれば

まさかと思うような出来事や

時には残酷なまでに

惨い恐ろしい出来事も

ありますが

それらすべてに手をあわす

ちがう、そうじゃないと

叫ぶのではなく

ありがとう、うん

と手を合わす

やさしい気持ちになれば

心が穏かになります

リラックスした人は

悪いことをしません


手を合わすことが出来る人は

幸せな人です

不幸な人の特徴は

何かいやな出来事があれば

誰かのせい

善いことがあれば

自分の手柄

あなたと、私が別々で

手が合わさらないのです

所詮、この世のすべては

この心の生み出す泡沫の夢

その美しさを隠すのは

他ならない自分自身

だからその心は

脇において眺めて

すべてに調和し手を合わす

否定をやめて

すべてを受け入れる

あなたと私、合わせて一つ

合掌して人は殴れません

合掌
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